北朝鮮による拉致問題等に関する特別委員会 委員長・衆議院議員  小島敏男

拉致特別委員会視察に参加して

 

去る3月14日、拉致特別委員会で鹿児島県日置市を視察してまいりました。福井県・新潟県に次いで3回目となります。

 今回は、市川修一さん(当時23才)と増元るみ子さん(当時24才)が拉致された、吹上浜海岸の現場へ出向き、直接警察本部の方から説明を受けました。

 海岸にほど近い車の中に残された(るみ子さんの)カメラから、近くの公園で笑顔でお互いにシャッターを押し合った写真が出てきました。家を出る時、「吹上浜の夕日を見に行く」と家族に話されたことを最後に、30年間の時が過ぎてしまいました。海岸に立つと、静かで美しい海、夏には海水浴場で賑わう砂浜の海岸線は、約37キロ続いています。海岸に出るまでの松林には、当時も今もバンガローが点在して、市民の憩いの場となっています。

 「8月12日ですから、多くの方々がいたと思うのですが、目撃者はいなかったのですか。」と、思わず質問しましたが、「全くない。」との答えに、工作員の巧妙な手口は、私達の想像をはるかに超えたところにあるのかと思いました。このような平和な環境の中で、突然純粋なカップルを連れ去った北朝鮮の国家的犯罪に、心から怒りを感じています。

 現場視察が終了して県庁に場所を移し、市川修一さんのお兄さんである市川健一さん、増元るみ子さんのお姉さんの平野フミ子さんを始め、親族の方々、そして、一昨年同級生を中心として発足した「救う会鹿児島」の会長さん、副会長さん、役員さんと会合する機会を設営してもらいました。

 私は、出席した皆さんが衆議院の担当委員会が視察に訪問したことを心から感謝している様子が解りました。それだけに、涙を流しながら訴える姿に、一日も早く解決しなければと焦りを感じたのは、委員全員の気持ちだと思います。

 出席者からは異口同音に、安倍総理の今日までの拉致に対する取組を評価し、最高レベルの総理自らが陣頭指揮を執る「拉致本部」の設置と、これからの行動に大きな期待を寄せていることがわかりました。

 主な意見としては、

「10年程前に、家族会が出来ましたが、それ以前の20年間は家族を含めて少ない人数で、本当につらい毎日でした。」

「父は92才、母は90才になっており、残された時間的余裕は全くない。もっと北朝鮮に圧力をかけ、日本独自にテロ支援国家に指定することが出来る議員立法はないものか。」

「拉致家族は何十年と終わりなき活動を続けているので、家族の為に年金制度はつくれないか。」

「北朝鮮の態度は、全く理解出来ない。こんな国と六ヵ国協議の作業部会をつくっても、利用されるだけではないか。」

 拉致の疑いが指摘されている特定失踪者の方々も県内には10名もおり、その家族からは、「中途半端な位置づけにしないで、一日も早く認定してほしい。その為には事情を一番良く知っている県に認定権限を任せたらどうか。」

等々、様々な意見が出ました。

 委員会で議論すべきことも多く、参加した委員も大変参考になったのではないかと思います。

 「行動する委員会」と位置づけて、委員会運営を心がけておりますが、他委員会と異なり、拉致問題については超党派で取り組んでおり、各委員も協力的であることに感謝しております。

 救う会の花牟礼会長さんは、

「私達は署名運動をこれからも続けますし、啓蒙活動も致します。でもそれだけしか出来ないのです。その後は政治問題として解決してもらうしかありません。政治家の皆さん是非お願いします。」と話され、私達の胸に重く響きました。

 核の問題を主題とする六ヵ国協議の行方、その後に残る日朝問題こそ北朝鮮の最終ラウンドと思っています。国交を結んでない上に、政治体制が全く異なる国との交渉なので、この機会を逃すとまた振り出しからとなります。

 私達は各々の立場で出来ることに最善を尽くすということ以外にはありません。

 今回の視察を通じて、関係者の皆様から新たなエネルギーを頂きました。これからも一生懸命頑張ります。

私の感想

 
    
        
西日本新聞(鹿児島版)平成19年3月15日 南海日々新聞平成19年3月15日

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